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浮舟さま、あなたは私の希望です

浜松百選 2005年2月号
特集「最愛の人へ贈る手紙」掲載


 浮舟さま。はや千年の歳月が流れました。あなたが私に残した「女性なるもの」は、女であることの意味を、今もなお私に語り続けます。昨今はジェンダー論が女性の側からかまびすしいほど語られるようになりました。
 浮舟さま。あなたが薫の君と匂宮の恋のさやあてに悩んで入水したそのこころねに、私はどこか貴い、人としての感性を感じてしまうのです。こんな話をすると、誤解されそうですね。恋のために死ぬことを賛美するなんて。なんてアナクロな、と。あなたは、出家という人生の逃亡ではなく、宇治の川面に浮かぶ小舟のように、恋の妄執に揉まれ沈んでいくことを選んだのですね。男たちのエゴを責めるわけでもなく、そのエゴを過剰な愛と捉えたあなたの感性を、私は羨ましくさえ感じるのです。
 私の生きる二十一世紀は、戦争の時代。青い目のおとこ鬼が「正義」のために戦争の惨禍を地球に振りまいています。鬼は女性の専売であったはずなのに。たたなづく大和もすぐに硫黄と硝煙の霞み立つ国に変わるでしょう。これもますらおぶりなす男たちの病と、私はつくづく男の世界に失望しているのです。
 浮舟さま。今、女はどのように生きたらいいのでしょうか。生きること死ぬことが同じであったあなたの物語は、純粋な炎の物語として閉じられました。私たちの生は、虚栄や偏見、そして欲望する消費社会の中で、燃えずに生を終える蝋燭のように不様に立ちすくんでいます。人は己を変容させるところに、意義を見つけます。そこに愛や美が宿るのではないでしょうか。
 浮舟さま。宇治の物語はその後どのようにあい成りましたか。不運にもあなたは横川の僧都さまに助けられましたね。僧都さまはあなたに出家を勧めなかった、と私は思うのです。美しいあなたの顔や、匂いやかな姿態を見てしまった僧都さまは、惜しいと思われたのでは。生きながら死ぬのではなく、生と死が織り成す世界に再び降りてゆくことを、きっと望まれたのでしょうね。そんなあなたに「生きる観音像」を見たのかもしれません。
 現代。私たちは男も女も、「無償に生きる」ことを忘れてしまったのではないでしょうか。
浮舟さま。私はあなたに、「女の愛の形見」としてではなく「希望」として、文(ふみ)をしたためました。


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