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ファン・ゴッホ「鴉の群れ飛ぶ麦畑」

 知人に画家の矢野静明さんがいる。「絵画以前の問いから―ファン・ゴッホ―」なる本を出版し、ゴッホの研究家でもある。読むと、彼がいかに「ゴッホ」に惹かれたかが分かる。小説家の小川国夫にもゴッホの精神に迫った文章がある。彼らに共通してあるものは、ゴッホの抱えた「苦」の感覚への関心である。
 反面、心を騒がせる「表現への思い」にも目配りをしている。私はゴッホにキリストのイメージを重ねて見てしまう。人間的な矛盾を生きながらも「希望」を捨てない姿である。「希望」。この言葉ほど手垢の付いたものはない。だがゴッホの見果てぬ「表現への思い」には、この言葉がよく似合う。
 風に揉まれる麦畑の上を群れ飛ぶカラス。この有名な作品を描いた後、ゴッホはピストル自殺を図り、数日後息を引きとる。しかし私はこの絵に、ゴッホの死の予感を感じない。描ききることの「歓喜」を、そこに見るからだ。

 

浜松百撰 2009年3月号

 

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