『先生』って決して呼ばない

 透明人間になりたくない

 野生のままと例えてもいいような生徒がいた。自己表現がうまく出来ないことで、先生や生徒間でもトラブルが日常的にあった。生活の基本になるしつけやルールが身に付いていないのだ。なぜ、と思わせるほどの敵愾心(てきがいしん)が彼の態度にはあった。「生き方を知らない」その背景には、子どもにかまっていられない両親の仕事と不仲があると私は考えていた。しかしその要因だけでは彼の「生き方下手」を理解できない思いが、いつもあった。
 幼稚園や小中学校、そして家族とそれを取り巻く地域。十何年かの時をその場所で過ごしてきたはずなのに、するりと「教えられること」が抜けている。言葉や感情はちゃんとあるのに、表現ができないのだ。彼の大きな体は、熊さんのようにどこか愛きょうがあった。見た目には目立つのに、「透明人間」として誰の手にも触れられずに過ごしてきたように彼はいた。注意を促す私に、もどかしく弁明をする彼から感じるものは「憎悪」だった。反抗でなく憎しみを武器にして自分を表現する彼を、痛ましく私は感じていた。できるだけ彼と敵対しないよう、穏やかにいましめたり導いたりしてきた。ある日、どもるようにして「先生、俺」と言いかけ、彼はちぇっ、と舌打ちをした。「せんこうのこと、俺ぜったいに『先生』って呼ばないって決めていたのにな」。彼は照れたように言った。話の内容は忘れてしまったが、その言葉だけが強烈に残っている。かって私たち教師仲間から、嫌な思いをさせられたトラウマがあるのかと思ったが、私は別なものを思い浮かべていた。彼の先生に対する憎しみは、自分が「透明人間」ではないと知って欲しい、彼の精いっぱいの試みでは、という思いだった。
 子どもが成長する糧には、心模様をデリケートに彩る大人の配慮が不可欠だ。気持ちに触れ、見守ること。彼に欠けていたものは、それなんだと私は自分に言っていた。
 「誰のせいでもない」しかし「誰のせいでもある」のではないか。私は自分に問いかけていた。「『先生』って、決して呼ばない」は「俺の方を見ていてくれ」と強く求める彼の叫び声に聞こえた。
 修学旅行で、彼が水族館の魚をじっと見つめていたことを思い出す。あまりの真剣さに、私は彼にたずねた。「興味あるの? 魚に」。「好きだよ。でもこんな所で、かわいそうだ」。そして「いなくなったおやじが魚が好きだったんだ」と遠くを見るような目で言った。
 「何かを求める魂」は、方向を間違えると「荒れる魂」になる。そして世の中の余計物として見られる。そんな子どもが増えている。それを「誰のせいでもない」と言えるだろうか。

2002年11月23日掲載 <43>  

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