中西美沙子
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子どもたちにもっと心のつながりを!

『絆』はどこへいってしまったのだろうか
 〜絆を問うことの意味〜

▼座談者
杉田 豊氏 :
静岡文化芸術大学・常務理事兼事務局 前静岡県教育長。
林 司朗氏 :
ガイアホーム代表取締役。一貫して住宅産業に関わり、現在も「家族の絆を育む住まい」をテーマに住宅づくりにまい進。
鈴木真美子氏 :
磐田北小学校保護者。二男一女の母親。PTA活動にも参加。磐田市見付在住。
中西美沙子氏 :
教育コーディネーター。執筆・講演活動とともに文章教室スコーレを主宰。昨年まで中日新聞にコラム「つかまえて!こころ」を連載。


<経済は豊か、心は貧困。今『絆』が失われている>

中西
日本は経済的には豊かになりましたが、しかし心の問題は貧困に向かっていると感じられます。社会が成り立つためには人との絆がとても重要ですが、それがうまく機能していない現状があります。まずそれぞれのお立場から見える「絆」の崩壊の具体例をお話しいただけませんか。
鈴木
子どもは塾通い。働くお母さんも増えて親も忙しい。大人も子どもも余裕がないですね。絆は心と心のつながりと思いますが、コミュニケーションを取る時間が少ないと感じます。
悩みを誰に相談するかという中学生のアンケートを見たら、父親はベストテンにも入らない。番外なんですよ。父親は経済活動に熱中するあまり、豊かな心をつくる上で肝心な家族の会話をあまりしていない、ということですね。
鈴木
子どもの遊びも変わりました。私たちのころは、学年が違っても缶けりなどで一緒に遊び、縦のつながりもありました。今は同じ部屋にいても別々のゲームをやっていたり。会話もないですね。
昔は仲間がいないと遊びができなかった。今はスイッチを入れるだけで一人で何でもできてしまう。
杉田
杉田 豊氏大漢和辞典で「絆」の意味を引くと「ほだし」と出ていた。「馬の足をとめておく」綱(つな)のことですね。ここから「つながり」と言う意味になるわけですね。確かに人との関係は希薄になったと感じていると思いますよ、誰もが。
中西
私は文章教室を主宰しているのですが大学生は特に、人間関係に「くたくたに疲れる」といいますね。それは若者や子どもたちにまん延している感覚だと思えますね。傷つくのも傷つけられるのも極力避けよう、だから人間関係に深入りしないという。食事は家族一緒に取らない家庭も増えています。お弁当もお母さんの手作りでなくコンビニで、というのが増えています。

<社会構造の変化が要因  コンビニ味が“母の味”>

中西
それではなぜ絆の崩壊が起こったのでしょうか。
杉田
まず、社会構造の変化が原因だと思います。親子の関係が昔より濃密になった気がするが、しかし、その結び付き方は問題。今は親の庇護(ひご)さえあれば生きてはいけます、他人の支えがなくても。だが、それでは人との関係は結べませんね。物は豊富にあるので遊び道具を共有しなくてもいいし、取り合いのけんかもしなくなった。昔、人は寄り添って生きていたものですが。
中西
そうですね。社会の変化に伴い家庭のありようも変わりましたからね。昔は子どももお年寄りもいる大家族で「共に生きている」という実感は、ごく自然な形で生活の中にありました。お母さんがご飯を作らなくなっている現象についてはいかがでしょう?
杉田
食も文化ですが「21世紀の分業時代」。この流れをせき止めるのは難しいと思います。ただその中でも、これだけは守らねばというところをできる範囲でやっていけばいいと思います。
中西
家族一緒の食事は単に「食べる」ことではなく、沢山の意味を含んでいますね。つまり味覚というその家の文化や倫理のマナーなど、さまざまなものを親から子へ伝達する場でもあるわけですね、自然な形で。何気なく交わされる会話の中で、子どもは自然に関係やコミュニケーションの取り方を学んで行く。今はおふくろの味はコンビニの味なのかもしれませんが。
おいしく、楽しく食べる。家族の中で。これは大切なことですね。
杉田
若い人の自立が遅くなっているのも社会の変化のひとつですかね。昔は「赤とんぼ」の動揺にあるように「ねえやは十五で嫁に行き」でしたが。モラトリアム化が進んでいると思う。
中西
巣立ちができにくくなっている傾向はありますね。親側にも子どもの側にも。塾の加熱についてはいかがでしょう。
鈴木
通わせています。学校5日制で授業内容が削減された分、もう少し勉強して欲しいという気持ちもありまして。あまり子どもの負担になってもとは思いますが。
うちの子どもも行っていますが。友だちとの関係が楽しいようです。
中西
中西美沙子氏「学力低下論」なるものに親が振り回された結果の塾通いでなければ、いいですよね。受験教育の中から起こる「絆」なき競争心も、人から関係を奪っていきますね。クラスメートは友だちではなく競争相手、とか。

<『絆』を取り戻すために“人間を育てる”教育を>

中西
それでは失われた「絆」は、どうしたら再生できるのでしょうか。
杉田
以前、小学生の子を持つ職員を対象に「親の働く姿を見せたら」という提案をしました。それがなかなか好評でした。子どもたちは異口同音に「お父さんがこういうところで働いていることを知らなかった」。親からも「その日は一日話題が豊富だった」。これは小さな試みですが、分業が進む中、そういうことで補えることはあると思います。
中西
学校という場でできることは?学校は、勉強するだけの所なのでしょうか?教育基本法の冒頭には「教育の目的は人間を育てること」と書かれていますね。
杉田
はい。日本の教育法は素晴らしい理想を持っていますね。世界のどの教育法を見ても「人間を育てる」とは書いていない。
中西
でも今までの教育は、勉強中心でしたね。好奇心や興味に裏付けられた勉強ではなく、受験のための勉強。
杉田
知識は大切です。知識がなければ応用範囲は狭く、知恵も出てこない。そのため学校教育は大切ですし、何よりも授業を面白くする工夫をして欲しいと先生方に言ってきました。ゆとりがあると知識を知恵に変えられる。浜松西高校が中高一貫教育を取り入れたのも、この試みです。
中西
好奇心や考えることを持たせない学びが、人間としての可能性を失わせるものですね。
杉田
教育長時代アメリカ・ワシントンDCの高校に行きました。名門校ですので、「どんなにハードに受験勉強しているか」を聞くと屈託のない笑顔で返事がくる。それよりも、「僕はハーバードに行ってマスコミで活躍する」「日本で歴史を学びたい」。みな目標を持って学んでいるんですね。それがいい顔の源と思いました。「いい顔」で「ライバルは常に自分」と考えているのです。
林 司朗氏良いお話をお聞きしました。他人との比較ではなく、ライバルは自分自身、なのですね。

<それぞれの場所で 時間共有すること大切>

中西
保護者の立場からは?
鈴木
鈴木真美子氏遊びでも料理でもスポーツでも時間を共有することが大切ではないでしょうか。私はPTA活動をしているのですが、PTA が架け橋になり、学校、家庭、地域の三者が連携して子どもたちを見守っていくことが大切だと思います。
中西
親子だけでなく家族同士も時間を共有したいものですね。林さんは企業人として「絆」というものを社のポリシーとして打ち出しておられますね。
私の会社では「住育」の名のもと「家族も絆を育む住まい」をテーマにしています。例えば、住宅を作るときは玄関から親も顔も見ず、すぐ子ども部屋に行ける間取りではなく、まずセンターに家族が集まるリビングや、ダイニングを通らないと自分の部屋に行けないような設計とかですね。つまり家族の絆を育んでもらいたいから、そこに暮らす人の生活にまでイメージを広げ、提案したいと思います。
中西
林さんは家づくりとともに、市のPTA連合会のリーダーとしても「子どもを育てる」ことに関与しておられますね。

<好奇心や興味を持たせおおらかに育てること>

杉田
最後に私から一つお母さんたちにエールを送りたい。「いい子を育てよう」と努力していて、今のお母さんたちはとても優れています。ぜひ自分の生き方に自身を持っていただきたい。教育はおおらかさが大切です。好奇心を持たせ、おおらかに育てること、必ず、人生は豊かになりますよ。
中西
少し長いスタンスでゆったりと育てることですね。私たちは情報社会に生きていますが、何が大切か探りながら、その時々、その場所場所で、できることをやってゆきたいものです。

中日ショッパー 教育特集(2)
2004年3月25日掲載

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