中西美沙子
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文化が育むものたち
  〜音楽と歌舞伎に携わって〜

▼座談者
中村徳久氏 :
雄踏歌舞伎保存会「万人講」会長
雄踏町に江戸時代から伝わる歌舞伎「万人講」の会長。毎年1月に開催される公演に向け、役者となる町民の指導に当たる。同会は平成15年に静岡県文化財団「地域文化活動賞」を受賞。行政書士。
川島順三氏:
「浜松市民オペラ協会」会長。「NPO浜松フィルハーモニー管弦楽団協会」副会長。「浜松唱歌と童謡を愛する会」「浜松男性合唱団『オーロラ』」会長。
 浜松フィルハーモニー管弦楽団は平成15年に静岡県文化財団「地域文化活動奨励賞」受賞。浜松堀留(株)会長。
中西美沙子氏 :
教育コーディネーター
執筆・講演の傍ら文章教室「スコーレ」・画廊「キューブ ブルー」(浜松市元城町)を主宰。著書に中日新聞に連載したコラム「つかまえて!こころ」をまとめた「ピアニシモでね」(東京書籍)


─今の子どもたちは音楽や絵画、また演劇に触れることが多くあります。でもそのことが、どれだけ子どもたちの未来を支えるか、疑問です。
 心に染みる音楽。幼い頃みた歌舞伎。それぞれの場と時から、「文化」を育んでおられるお二人に、生きた感動と子どものありかたについて語っていただきました。─

<何かに感動することが人の一生を支える>

中西
 中村さんは伝統芸能である雄踏歌舞伎「万人講」(以下万人講)を復興し、毎年公演されています。川島さんは浜松でオペラや交響楽団の組織を作り理事長でもあります。お二人がこのような文化活動に至る何か動機みたいなものは、おありになったのですか?
中村
 私の曽祖父は雄踏歌舞伎「万人講」の指導者でした。
中西
 いつ頃のことでしょうか?
中村
 明治時代です。万人講は江戸末期から始まったのですが、明治の時代、曽祖父は三河地方へ出向き、歌舞伎の台本を写してきたようですね。コピー機もない時代ですから。
中西
 万人講はいつ頃始まったのですか?
中村

 1865年、江戸末期ですね。それが昭和期に、映画の普及により廃れてしまいます。その後当時のことを知る人から「懐かしい」「もう一度やりたい」という声が何度かあがり、復興させました。平成元年のことです。

中西
 私も何回か舞台を観ておりますが、地域ぐるみの参加が、すごい熱気を感じさせますね。
中村
 ええ。地元の方が熱心で、励まされ続けています。うれしいことです。みんな頑張ってますが、17年経っても常に芸を磨かないと上達しませんね。そこが面白いのかも。
中西
 子ども達も参加してますね。
中村
 はい。文化庁の予算がいただけるようになったのも、子ども達のおかげです。子どもを育てたいという私達の気持ちが伝わったのでしょうか。
中西
 川島さんがオペラや交響楽団などに関わる活動を始められたのは?
川島
 私は子どもの頃から音楽に親しんでいたのですが、大学時代に、日本に初めて来たイタリアオペラの公演に行きました。時の花形歌手が出演していて、ピアニシモの歌声が天井桟敷までスーッと響いてきて、背筋がゾクゾクするような感動を受けました。「これが世界の音楽なのか」と。オペラの魅力に引き込まれたのはその辺かな。そのことを心のどこかにしまいながら仕事に専念して生きてきました。息子が会社を継ぐことになり、さて私は何者で、何をしたいのかと考えた時、やっぱり音楽だと気がついたのです。
中西
 今でも川島さんはオペラを聴きに世界のあちこちに行かれますね。何かに感動することが、その人の一生を支える、そんな見本ですね。
川島
 音楽は体に命を注ぎ込んでくれるような気がするのです。どんな時にも。
中西
 その思いを今の子ども達に伝えるとしたら、どのようなことができますか?
川島
 人というのは本質的に楽しみや喜び、感動を求めていると感じます。感動を味わった時に「生きていて良かったな」と幸せ感を実感できる。そのことを家庭でも学校でも地域でも、大切にしてくれたらいいのですがね。音楽は端的でダイナミックな感動を与えてくれる。しかもみんなで共感できる。それが文化を生むのです。そんな場が少しずつ増えていってくれたら、子どもも変わるのでは。
中西
 「生きていて良かった」という実感は、薄くなっていますね、ITが中心となった今の時代では。

<「聴く」か「歌う」か「奏でる」か。ともに楽しむ場があってこそ>

中西
 川島さんが言われた「共感」できるものは、万人講にもあると私は感じます。町ぐるみで歌舞伎を楽しんでいますね。演じる人だけでなく、観る人達も。おひねりが舞台を飛び、かつらをつけたおばさんがおまんじゅうを売っていたり、幕間にはたのしそうにお弁当を広げていたり。その中で子ども達がのびのびと育っているように感じました。 具体的にはどんな取り組みを?
中村
 子どもを役者として参加させる上で、ネックになることがありました。塾や部活、受験です。本人はやる気があるのに、親が気にすることが多いですね。公演も一年前からスケジュールを決めて進めるのですが、学校行事との調整も難しい。でも実際に舞台に立つと「自分の演技に対して観客が泣いたり笑ったりしてくれた」と分かる。その感動が子どもの「やる気」を育むのです。一度舞台に立つとまたやりたいという子がほとんどです。こういう体験は、勉強と同じくらい意味があると多くの方が感じてくれるといいのですが。
中西
 川島さんの取り組みはいかがですか?
川島
 思春期はとても感性が鋭い時期。そんな時に、受験勉強に追われる。もったいないですねえ。
中西
 その感性を刺激するために音楽を?
川島
 感性を磨くには音楽は非常に力を持っています。いい音楽は創造力、情操を高めます。15年前、浜松市民オペラ協会を発足させたのは、実は私の会社の100周年記念のコンサートが元になっています。参加した方々には感動をお土産に、そしてご祝儀代わりに寄付をいただいたのが、発足のきっかけです。
中西
 オーケストラを立ち上げたのは平成?0年でしたね。
川島
 そう。プロのオーケストラが浜松にも欲しいと思いましてね。全国に点在する浜松出身のプロの演奏家を募り、ニューイヤーコンサートを開催しました。団員は浜松出身、浜松在住、浜松ゆかりの人たち。全国的にも珍しい団員構成だと思いますよ。
中西
 ずいぶんご苦心なさったのですね。
川島
 浜松は世界に名のある企業も多く、発信力もあるのに、文化面では今ひとつ。国際ピアノコンクールもあるのですが、本当に浜松が音楽の街として発展するには、市民が音楽を、「聴く」か「歌う」か「奏でる」か、どれかに携わって欲しいですね。

中西
 私も毎年国際ピアノコンクールに出かけますが、市民レベルに浸透するまでには、まだまだですね。「聴く」か「歌う」か「奏でる」かという考えが、子どもや家族にまで自然に広がるといいですね。それが川島さんのやっておられる音楽活動の原点では。
川島
 まず、聞いて楽しもうよ。できたら自分でやってみよう。そういうところから音楽に親しむのがいいんじゃないかな。私達が子どもの頃は唱歌を必ず習いました。知らない人同士でも集まると歌える。これは素晴らしい共有財産。しかし今は唱歌が失われつつあるのが残念。何とか歌い継ごうと、8年前に唱歌と童謡を歌う会をつくりました。多くのメンバーが集い、楽しくみんなで歌っています。
中西
 浜松市内の学校でオペラを広める活動もされていますね。
川島
 8年かけて市内の小中学校96校をまわり、出前オペラ「ヘンゼルとグレーテル」を行ってきました。 
中西
 中村さんは活動の中で得たこと、伝えたいことはありますか?
中村
 何もかもが手作り。出し物も舞台道具も。自分達で作る共同作業に意味があると思っているのです。工夫して雪を降らせると、観客から「歌舞伎座より良かったよ」なんてお褒めの言葉をいただき、うれしいですね。

<地域の文化を育み 未来につなげる>

中西

 今の時代は文化に対して考え方が合理的。音楽や絵画を子どもに学ばせることで「何かになる」という足し算のような意識が、親に見受けられます。それは、純粋な楽しみというより子どもたちに大きなプレッシャーを与えるのでは。

川島
 人は誰でも、その人にしかない良い部分を持っています。親や大人の責任は、子どもの良い部分を見つけ、褒めて、育てること。そのような気持ちで、活動を継続し、かつ後継者を育てることが私の課題です。
中村
 私は日本の文化が子どもに伝えられていないと感じます。歌舞伎の中にもお膳にご飯や汁などのお椀が並ぶのですが、並べ方も分からない。座布団の出し方、畳の間での作法や箸の持ち方などもです。歌舞伎を通じて、日本文化や作法をもっと子ども達に教えていきたいと思います。
中西
 私の教室にも音楽に親しんでいる子どもが多くいます。しかしせっかく学んだ音楽や文化的な何かを続けることができないのは残念なこと。どこかにその気持ちを受け入れてくれる場があればといつも思っていました。プロにならなくてもいい、文化が生活の一部になって、長い人生を支えてくれたらと思うのです。川島さんや中村さんの活動は、そんな意味でも大きな希望です。
ありがとうございました。

中日ショッパー 教育特集(6)
2006年4月27日掲載

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