中西美沙子
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「患者の安心」と「より良い医療」

▼座談者
室久 敏三郎氏 :
 長崎大学医学部大学院修了。聖路加国際病院などを経て、県西部浜松医療センターの設立段階から関わり、平成3年院長就任。トータルな地域医療を目指す実践は、浜松方式の開放型医療機関として全国的に評価される。
 現在は名誉院長。また、浜松セルフの会会長、大学講師、新聞・雑誌への執筆、講演など医療福祉の幅広い分野で活躍中。
森田 泰弘氏 :
 昭和60年熊本大学医学部卒業。東京女子医大日本心臓血圧研究所にて研修。京都大学大学院医学研究科修了ののち、平成9年から浜松労災病院循環器科、総業内科に勤務。今年4月、森田内科・循環器内科医院(浜松市中区常磐町)を開業。
中西美沙子氏 :
 教育コーディネーター 執筆・講演活動のかたわら、さまざまな部門の文化事業を展開する(株)クレアシオンの代表。文章教室「スコーレ」、画廊「キューブ ブルー」、建築プロデュース「すまい」、懐石料理「いわさか」、「ときわ薬局」など。著書の「ピアニシモでね」(東京書籍)は、中日新聞に連載した人気コラム「つかまえて!こころ」をまとめたもの。


─「未病先治」という言葉があります。病気にならないための生活が、私たちの健康の基本です。しかし病を得て初めて、健康の大切さを多くの人は知ります。「病の不安」をどのように乗り越えるか、医療の立場からのお考えを語っていただきました。─

中西
 今日は、「患者の安心」と「より良い医療」というテーマで、お二人のお医者様にお話を伺いたいと思います。私たちは自分の健康をどのように考えたら良いのか、お医者様とどのような関係を築いたら良いか。そこに患者の安心と医療のあり方が見えてくると考えます。
 「患者の安心」というものをどのようにお考えでいらっしゃるかお聞かせください。

■患者の安心とは

室久
 「患者の安心」は、「言葉の力」から生まれると思います。言葉は患者さんと医師のコミュニケーションを結びます。それは「聞きとること」「話すこと」から治療が始まるからです。現代は人間が劣化しているのか、「信じる」ことよりも「不信」の中で、人は生きています。医療は「信」なくしては成り立ちません。
森田
 病気は不安そのものです。どんな病気か、どうして病気になったか、どうしたら治せるかなど、患者さんは内向的になります。その不安を解消するためには、スピーディーに検査をして処方を出すことが求められます。「言葉の力」と室久先生はお話しされましたが、私も同じ思いですね。できるだけ患者さんの個性や感じ方を知るようにして、それから検査のデータなどと総合して、患者さんに合った説明をするようにしています。今回の開業にあたって「その日の内に安心を」と医院のコンセプトを入れたのも、その辺の考えがあったからです。

■「問診」は診療の基本形

中西
 「患者の安心」を考えると、問診は重要な医療行為だと感じます。医療機器に頼りすぎ、問診をおろそかにする傾向があるように思うのですが。どんな問診が望まれますか?
室久
 患者さんの思いを「聞くこと」が大切ですね。患者さんは不安を抱えてやって来ます。症状だけでなく不安感を「聞くこと」から始めるのがいいでしょうね。
森田
 病気を治すことで得られる安心が本来のものでしょうが、「訴えを聞く」だけでも、患者さんは安心します。私の専門である循環器内科では、胸の動悸(どうき)や痛みという症状で来られる方が多くいます。これらの症状はメンタルなものが引き起こしているケースも多々あります。検査後、問題がないことを説明すると症状がなくなることでわかります。
中西
 医療機器などの進歩からか、世代の問題か、問診の仕方が大きく変わったように思えます。患者の顔を見ないでパソコンの画面だけ見て問診をするケースが増えているのでは?
室久
 問診は患者さんからの情報を集めるだけではありません。患者の性格や心理状態を知る上でも欠かせない医療行為です。人は皆、異なる身体と心を持っています。それらを把握することで、最善な治療行為が生まれるのではないでしょうか。単なる「hear」でなく「listen(傾聴)」です。その意味では、「傾聴はCTに勝る」とも言えます。
森田
 病気をいかに早く見つけ出すか、それには「患者の話をよく聞くこと」と「聞き出すような工夫をすること」が大切です。私は不安そうな患者さんに対して、「気になることはないですか?」とまず問うことにしています。そのためにはリラックスできる環境が必要ですね。患者さんの訴える症状を「見逃さない」「聞き逃さない」よう、細心でありたいと思っているのです。
室久
 近ごろは聴診器を使わない医師が増えています。聴診器は重要なものと考えています。それは物理的に音で患者さんの肺や心臓の所見を知るだけでなく、人間的な温かさを患者と共有することができるからです。患者さんとの距離が近くなることは、大切なことです。医療は人間があって成立するのですから。

■病まないこと、病んだとしたら

中西

 室久先生の著作「未病先治」には生活習慣病と、病気にならないための方法が書かれています。私たちは病気になって初めて、自分が健康に対して、いかに無関心であったかを知ります。

室久
 生活習慣病は日々の生活という過程があって起こります。現代人には「気づきの欠如」がまん延しており、病気になって初めて健康の大切さを感じるのです。生活の中で普通に健康管理ができたらいいですね。それが「日本の医療問題」を解決する大きな要素でもあります。
森田
 予防医学はもちろん大切なことです。でも現実にある医療費の増大や負担増を少しでも減らすことを考えると、私は入院しなくてもすむような医療の提供ができたらと思います。外来治療を充実させ日常生活の中で治してゆくのがいいのではと。

■地域を結ぶ医療とは

中西

 室久先生たちが立ち上げられた「県西部浜松医療センター」は、開業医と総合病院とのネットワークを重要視した病院ですね。地域医療の具体的なあり方だと思えるのですが。

室久
 医療センターの理念の一つに開業医との連帯があります。浜松で開業する医師の紹介を通して患者を診る。そして治療の後に開業医へ送り返す。総合病院の技術と開業医の見立てが機能的に融合できれば患者さんのためにもなります。
森田
 患者さんは風邪でも大きな病院に行きたがる傾向があります。最先端の医療機器を駆使して診断、治療をしてもらえると考えるからです。初期診療を開業医が行い、大きな検査や入院を要する場合は病院に送る相互連帯のシステムは地域医療に欠かせないものですね。
室久
 患者さんを抱え込み、病気の進行を深めてしまわないためにも、相互連帯のシステムは重要です。病院で治療を終えた患者さんが、近くの開業医のもとで、ていねいに健康を管理するのがいいですね。
中西
 お話をお聞きしますと、「患者中心の医療のあり方」がよく分かります。病院の勤務医はハードな診療をなさっていると聞きます。その疲労をなくすためにも大切なシステムだと思えます。

■患者のニーズに応える

中西

 医療にかかわる情報が氾濫しています。テレビではサプリメント花盛り。何が健康によいのか混乱するほどです。

室久
 インターネットの普及からか、患者は医療に関する情報をたくさん持っています。患者さんから、「こんな治療方法があるのですが」と相談されることもあります。最先端の医療機器や治療の方法を知ることは悪いことではありません。ですが、多くの情報を持つことで不安を募らせることもあります。どの地域でも医療技術はめざましく進歩しています。医師から、自分の体の状態や治療方法の正確な説明を受けて治療に専念するのがいいですね。
森田
 患者さんは不安感からか情報を探ります。私はその情報を拒むのではなく、なるべく聞くようにしています。それからその情報を調べ「健康への可能性」があると判断した時には、紹介状を書くようにしています。そのようなことで症状が良くなった例もあります。
室久
 医師はなぜかいつも忙しく働いています。新しい治療や技術に無関心ではないのですが、すべて知るということはできません。自分の行っている医療を客観的に見て最善を尽くすことが患者さんのニーズに応えることになるのでは。それも患者さんと医師の柔らかなコミュニケーションがあってからですが。
森田
 信念を持って治療をしているのにも関らず、患者さんから別の治療法を希望される場合があります。主治医としては複雑な思いですが、病んでいる患者自身の苦しみや不安を考えれば、納得のいくような形で希望をかなえてあげるのも必要と思っています。
中西
 ありがとうございました。お二人の先生方が、「患者の安心」と「患者中心」の医療を考え目指されていることが分かりました。反面、私たちは医療に頼るだけではなく、「未病先治」のような生き方をする責任があると強く感じました。

中日ショッパー 医療特集(1) 2010年4月29日掲載
中日新聞 2010年5月10日転載