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ガブリエルちゃんへの手紙2002年・クリスマス会
アメリカのニューヨークに、一組の若い夫婦が住んでいました。夫の名はアリエル、そして妻はジェナという美しい名前を持っていました。ジェナのお腹には赤ちゃんが宿っていました。ふたりは子供が生まれてくる日を、楽しみにしていました。ふしぎなことに、ふたりは偶然にも、親たちの離婚を子供のころ経験していました。人と人は、どんなに努力をしても、一緒にいられないことがあります。理由はいろいろありますが、おたがいを大切にするために別れるのだと、信じたいですね。
離婚で傷つくのは夫婦だけでなく、子供たちもです。幼いからよけいに寂しく感じられ、心が痛むのです。夫のアリエルがいつもジェナに言っていた言葉があります。「一人ひとりの自由も大切だけど、家族が犠牲(ぎせい)になったり、バラバラになるのはよくない」きっとこの言葉は、自分が経験したことから学んだ思いだったのでしょう。自分たち夫婦はどんなことがあっても別れない、とふたりはいつも思っていました。子供とともに、これからやってくる生活をしっかりと、そして楽しみながら生きていこうと、いつも話し合っていました。
夫のアリエルは、まだ生まれてもいない子供に「ガブリエル」という名前をつけていました。「ガブリエル」は聖書に出てくる天使の名前でもあります。きっとやさしく思いやりのある人になってほしいと願っていたのでしょう。
ところが、若い夫婦の願いや希望そして夢は、突然あるできごとで消えてしまったのです。ガブリエルが生まれる十日前のことでした。ニューヨークの自由の女神とともに有名なツインタワーに、二機の飛行機がとびこむ事件がありました。そのビルは世界貿易センターと呼ばれていました。2001年9月11日のことです。そのひとつのビルにアリエルがいたのです。仕事の会議が106階のレストランで開かれていたのです。
テレビを見ていたジェナは不安になりました。画面には何回も何回も、飛行機がとびこむシーンが映されていたのです。一時間前に夫から電話があったばかりでした。ジェナの耳にはその時言った「愛しているよ」の夫の最後の言葉がまだ残っているようでした。
それきり、アリエルは家に戻ってきませんでした。「家族が犠牲になったり、バラバラになるのはよくない」と言って、家族を大切に思っていたアリエルは、皮肉にもテロという犯罪にまきこまれ、犠牲になってしまったのです。テロという言葉。そしてなぜテロは起こるかは、またゆっくり考えていきましょう。犯罪を起こしたのは、私たちが住んでいるアジアの西の方で、イスラム教という宗教を信じている人たちの一部でした。彼らは強くアメリカを憎んでいたのです。理由はむつかしいので、またいつか話をしましょう。
アリエルは、その人たちの憎しみの犠牲になった、ふつうの市民だったのです。 「もう、望みはないかもしれない」。ジェナは悲しさと不安の中にほうり込まれてしまいました。しかしこのままでは赤ちゃんがだめになる、がんばらなければ、と決意しました。それはお腹の中に生きている、アリエルと自分の子供のためでしたし、また夫が望んでいた家族を自分が実現しようと思ったからでもあります。
アリエルが亡くなって十日がたち、夫婦の子供が、ぶじ生まれました。夫が言っていた「ガブリエル」という名前が、赤ちゃんにつけられました。丸々としてあいらしい目は、アリエルそっくりでした。
ジェナは退院して、アリエルと過ごした家に、ガブリエルともどってきました。すこし寂しい思いがわきました。思い出がいっぱいつまった家だったからです。でもすぐに、「アリエルと過ごしたこの家で、この子を育てよう」と思い直しました。それはアリエルが「仕事も大切だけど、子供を育てるのをもっと楽しみにしている」と言った言葉を思い出したからです。きっと、ここでガブリエルを育てればどこかで夫が見守ってくれる、と思ったからでしょう。
ガラス窓から裏庭の木が風にゆれているのが見えました。その木の葉のざわめきは、アリエルがささやいているようにジェナには感じられました。その時、ジェナは、「だいじょうぶ。ガブリエルをちゃんと育てていける」と自分に言っていました。うでの中で、ガブリエルが笑っていました。
ここでのお話は終わります。このお話は、作り話しではなく、事実あったことです。中日新聞が「テロと家族」として事件を取り上げた中のひとつのお話です。
作文の宿題を出したいと思います。どうか考えて書いてみて下さい。テーマは家族をバラバラにされたガブリエルちゃんにクリスマスプレゼントとしてくまのぬいぐるみを送りたいのですが、それに添えて手紙を書く、ということです。
同じようなテーマが、ある大学の入試に出題されました。まだちいさなガブリエルちゃんは言葉がわかりません。でも、皆のようにわかると思って書いてください。 [
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