記憶の収集家。シャガールはユダヤ系ロシア人である。古代にパレスチナの地を離れ、流浪の旅を続けたユダヤ人。ヨーロッパ各地に居住して、謂われなき迫害を彼らは受けてきた。シャガールの絵画に共通して感じるのは、記憶への切ない思いである。その記憶は、ロシアに根付いたユダヤ人共同体の、つかの間の喜びで満ちている。夢のように浮遊する人や花束、家畜や家。それらは一見、祝祭のようであるが、どこかユダヤ人の故郷喪失の悲しみが表れている。牧歌的な喜びと悲しみとの調和が、シャガールの絵である。
シャガールは故郷ロシアを去り、パリに住んだ。進取の気で溢れたパリにおいてさえ彼は、「記憶の収集家」のように、故郷のユダヤ人村を描いた。その業のような思いは、約束された地、花咲くカナンの地にまで届いているのかも知れない。
浜松百撰 2010年8月号
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