江戸の想像力岡崎 淳(中3) 日本には、「環境問題」の良い手本になる都市がありました。それは江戸です。僕は落語が好きです。特に「長屋の花見」が。江戸の生活のことがよくわかるからです。落語から僕は「江戸」に出会い、江戸についての本を読むようになりました。 江戸時代といえば、日本の歴史上最も平和で、大衆文化、資源の「完全循環」が花を咲かせていた時代です。物と人との関係は、今の時代よりもバランスが取れていました。人は生活に必要な物だけを買い、いつまでも大切に使う工夫がなされています。落語の主人公の熊さん、八ッつぁんは酒好きです。江戸の庶民は、徳利を持って欲しいだけのお酒を注いでもらい、買っていた。今で言う「リユース」です。古くなった和紙は何回も漉き返し、再生紙として売っていました。いらなくなった衣類は古着屋に売って、必要な着物を買いました。排泄物は近郊の農家が集めに来て畑の堆肥にし、野菜を栽培しました。化学肥料を使わない土地は豊かで、食べ物も安全でした。練馬の大根で目黒のサンマを楽しんだのでしょう。江戸の人々は食べ物を捨てることなどありませんでした。残ったお米は干して、あられ菓子にし、魚の骨も干してだしに使いました。 江戸は、当時の世界のどの都市よりも人口が多く、100%に近いほどの「完全な3R」を実現していました。科学も発達していなくて、封建的な時代だったにも関わらず、世界に誇れる環境都市だったのです。なぜか。それは、その時代の人たちが物を大切にする心を知っていたからではないでしょうか。単に節約だけを考えるのではなく、物を作る人も使う人も、物によって生かされているという想像力を持っていたと思えるのです。 現代は便利で暮らしやすい時代です。色々な商品が生産され、選ぶのも大変なぐらい物が溢れています。資源が、いつまでもあるように錯覚を覚える程です。ニュースでは産業廃棄物の違法投棄や、食料のごみ化がよく問題になります。日本は食物の50%以上を捨てている。自分たちの命を支える食料すら、ゴミにしているのです。そしてそのゴミを燃やして、大気を汚しています。衣食住の環境は江戸時代に比べれば飛躍的に進歩しました。しかし物を愛する気持ちや生かし方は、失ってしまったのではないでしょうか。 現代人は、なぜものを捨てるのか。捨てることに抵抗がないのか。それを僕は、江戸と、大量生産・大量消費の現代との経済の違いだけとは思えないのです。僕は、「長屋の花見」を聞きながら、彼らが貧しくても、あるものを利用して花見を楽しむ姿に現代を重ねます。大根のかまぼこや、番茶を薄めたお酒で花見を楽しんでいます。そこには物に対する思いや願いがあるようです。僕たちは、物の価値観を見間違えていないだろうか。僕は物の持っている意味をしっかり見つけたい。そして自分が物によって生かされていることを感じていた江戸の人たちの想像力を、再認識したいと思うのです。
イオン主催 2006年 「ドイツに学ぶエコライフ 作文コンクール」 入選作品
|